I wanna restart Twitter.
I wanna get contact with a followers whom I know only on the Internet.
I don't wanna tweet anything.
However, Twitter is not suit for me, because I want to be a teacher.
7/26/2012
5/02/2012
Twitter and Facebook
If I tweet "I'm happy." on Twitter, some followers will go unfollow.
If I post "I'm happy." on Facebook, many "friends" will give "like."
If I post "I'm happy." on Facebook, many "friends" will give "like."
1/24/2012
#平安時代のTwitterにありがちなこと #江戸時代のTwitterにありがちなこと
以前Twitterをやっていたときの、渾身のツイートだったのにとくにウケが良くなかったもの(一部改変)。
元カレの弟くんが@飛ばしてきたから、思わせぶりなリプ返しちゃった♡
#平安時代のTwitterにありがちなこと
西鶴が多ツイートすぎてTL追えないんだけど。朝から晩までいつ見てもTwitterにいるし、1日2万ツイート以上とかまじハイジン
#江戸時代のTwitterにありがちなこと
以下は、ががっかりな解説。
元カレの弟くんが@飛ばしてきたから、思わせぶりなリプ返しちゃった♡
#平安時代のTwitterにありがちなこと
西鶴が多ツイートすぎてTL追えないんだけど。朝から晩までいつ見てもTwitterにいるし、1日2万ツイート以上とかまじハイジン
#江戸時代のTwitterにありがちなこと
以下は、ががっかりな解説。
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国文学,
詩歌・歌人・詩人・俳諧・俳人etc.
1/17/2012
Twitterをやめた理由
Twitterを使い始めて、初めはハンドルネームで、これといってフォローする人もなく、ただ自分がツイートするためだけに使っていたけれど、本名に変えてからは、知っている人知らない人、興味がある分野のアカウント、様々フォローしフォローされた。
ツイートで久しぶりにお茶することになった友人もいるし、人生観が変わるような出来事があったときに何人もの人が慰めてくれたし、やってて良かったと思う場面はたくさんあった。
いろいろなことをツイートしたけれど、国文学のことは何をツイートしても、私が文学好きなんだねっていうことしか伝わらない場合が多かったから、純粋にTwitter上でしか知らない人ばかりをフォローした別のアカウントも持った。
こちらは国文学やアートのこと、いろいろな情報を手に入れられるし、いろいろな方からリプライをいただいたり、Twitterで見つけた読書会に参加してフォローしている方と会ったり、情報の送受信のツールとしても、コミュニケーションツールとしても思った以上に実りが大きかった。
ツイートするのも、他の人のツイートを読むのも、リツイートやもちろんリプライのやりとりはものすごく面白かったし、実際、演習発表に自他のツイートが影響したことも多々ある。
でも国文・アートの各分野の研究者や院生のツイートを読むだけで、何だか勉強した気分になってしまって、、それに危機感を覚えてやめた。
世論に参加している気になってしまうのも。
メインのアカウント、サブアカウントというのは決めていなかったのに、結局、同時期に本名のアカウントも、国文・アート関係のアカウントも、さらには一番長く使っている(けれどもツイート数は少ない)英語ツイート用アカウントも削除することになったのは、全部がメインでもサブでもなかったからなんだろうか。
また気が変わって始めるかもしれないけれど、いったん休憩。
ツイートで久しぶりにお茶することになった友人もいるし、人生観が変わるような出来事があったときに何人もの人が慰めてくれたし、やってて良かったと思う場面はたくさんあった。
いろいろなことをツイートしたけれど、国文学のことは何をツイートしても、私が文学好きなんだねっていうことしか伝わらない場合が多かったから、純粋にTwitter上でしか知らない人ばかりをフォローした別のアカウントも持った。
こちらは国文学やアートのこと、いろいろな情報を手に入れられるし、いろいろな方からリプライをいただいたり、Twitterで見つけた読書会に参加してフォローしている方と会ったり、情報の送受信のツールとしても、コミュニケーションツールとしても思った以上に実りが大きかった。
ツイートするのも、他の人のツイートを読むのも、リツイートやもちろんリプライのやりとりはものすごく面白かったし、実際、演習発表に自他のツイートが影響したことも多々ある。
でも国文・アートの各分野の研究者や院生のツイートを読むだけで、何だか勉強した気分になってしまって、、それに危機感を覚えてやめた。
世論に参加している気になってしまうのも。
メインのアカウント、サブアカウントというのは決めていなかったのに、結局、同時期に本名のアカウントも、国文・アート関係のアカウントも、さらには一番長く使っている(けれどもツイート数は少ない)英語ツイート用アカウントも削除することになったのは、全部がメインでもサブでもなかったからなんだろうか。
また気が変わって始めるかもしれないけれど、いったん休憩。
1/02/2011
SNSと年賀状
父親は、「年賀状のやりとりが続いていれば、20年以上会っていなくても、何となくつながりが途切れない」と言った。
今なら、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でより簡単に「つながっている感」を持つことができる。
Facebookやmixiで<友達>になっていれば、近況を手軽に知ることができる。
Twitterでフォローしていれば、自動的に、その人のリアルタイムの情報を自動的に得ることができ、場合によっては、毎日顔を合わせるがフォローしていない人より、何年も会っていないがフォローしている人の方が身近に感じることもあるだろう。
その「つながっている感」は、現代的な緩くて不確かなネガティブなものであるととらえていた。
しかし、実は、形態が変化しただけで、以前からあったものなのだろうということに気づかされた。
今なら、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でより簡単に「つながっている感」を持つことができる。
Facebookやmixiで<友達>になっていれば、近況を手軽に知ることができる。
Twitterでフォローしていれば、自動的に、その人のリアルタイムの情報を自動的に得ることができ、場合によっては、毎日顔を合わせるがフォローしていない人より、何年も会っていないがフォローしている人の方が身近に感じることもあるだろう。
その「つながっている感」は、現代的な緩くて不確かなネガティブなものであるととらえていた。
しかし、実は、形態が変化しただけで、以前からあったものなのだろうということに気づかされた。
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