・動物を人工透析や人工肺として利用する装置
「実際にあったらヤバい」というのをまず初めに思った。
しかし、どうしてそれがいけないことなのだろうかとも思う。
動物が医療のための実験に使われること、薬の原材料とされることには抵抗がないのに、どうして直接の道具にするのはダメなのだろう。
・一人ずつしか入れない部屋
一緒に行った人はただ天井が映っているとしか思っていなかったそう。
見えるはずの当たり前の世界が歪むということ、それは私にとってとてもわくわくすることだったのだけれど、そういうことを共有できないのは少し寂しいようにも思う。
・女の人の顔がついた丸太にうさぎが腰かけている
・スプツニ子!さんの月にハイヒールの足跡を付ける作品
・東京のにおいを採集
・交差する鏡の庭
・放水車のダンス
1/12/2014
12/25/2013
「かぐや姫の物語」についての覚え書き(内容についての記述あり)
今年1年、1ヶ月に2本ずつくらいは映画館で映画を見たと思うが、「かぐや姫の物語」は今年一番と言って良いくらい好きな映画だった。
映像がきれいなところ、ストーリー展開や音楽も全体的に好きで、細かな部分もとても私の好きであるということにぴったり当てはまった。
映像がきれいなところ、ストーリー展開や音楽も全体的に好きで、細かな部分もとても私の好きであるということにぴったり当てはまった。
11/04/2013
文学フリマ 所感
初めて文フリに行ってきた。
・凝った表紙や変わった形の本は目につきやすい。
・凝った装丁の本は買いたくなる。
・大学のサークルなどでない限り、SNSなどで十分に宣伝をしておくことが必要だと思った。売上でもとをとることはできないとしても、あまり買いに来てくれる人がいないのは寂しい。
・冊子以外のものを売っていると立ち寄りやすい。
・九ポ堂というところの活版印刷で架空の職業を印刷したハガキは、クラフトエヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』に似た雰囲気があり、もっとたくさん購入すれば良かったと思った。(通販でも購入できるが……)
・ショージサキさんの「秘密基地女子」は装丁が素敵。
・かわいい絵本なんかがあったら良かったのにと思ったけれど見つけられなかった。
・凝った表紙や変わった形の本は目につきやすい。
・凝った装丁の本は買いたくなる。
・大学のサークルなどでない限り、SNSなどで十分に宣伝をしておくことが必要だと思った。売上でもとをとることはできないとしても、あまり買いに来てくれる人がいないのは寂しい。
・冊子以外のものを売っていると立ち寄りやすい。
・九ポ堂というところの活版印刷で架空の職業を印刷したハガキは、クラフトエヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』に似た雰囲気があり、もっとたくさん購入すれば良かったと思った。(通販でも購入できるが……)
・ショージサキさんの「秘密基地女子」は装丁が素敵。
・かわいい絵本なんかがあったら良かったのにと思ったけれど見つけられなかった。
Place:
日本, 流通センター駅(東京)
7/07/2013
俵万智『短歌のレシピ』
「磁石の中間: 短歌の添削」の記事で書いた『短歌のレシピ』(俵万智、新潮社、2013)、この記事を書いてすぐに購入したのに、今日、電車の中でまとめて読んでやっと読み終わった。
仕事を始めてすぐ、車の中で5分読んでから出社することにしようと決めて読むという読み方をしたり、返却期限の近い図書館の本を読まなくてはならなかったりして、つい後回しにしてしまっていた。
『短歌のレシピ』では俵万智さんが、一般の人から投稿された短歌を一つひとつ取り上げて添削している。
その添削が的確なだけでなく、そのテクニックがどうして有効にはたらくのかがわかりやすく解説されている。
ただただ感心するし、俵万智さんの誠実さがあらわれている。
前述の記事で取り上げた自作の歌は「は」を「が」に変えるというアドバイスをいただいたが、そのこともこの本で紹介されているテクニックである。
それから連作についての解説もあった。
ただ、この本の通りに自分の歌を推敲してゆくだけでもっと良い歌が詠めるかというと(ある程度は上手くいくけれど)必ずしもそうとはいえなくて、最終的には「俵万智さん的な歌」、もっと露骨な言い方をすれば「俵万智さんの歌の劣化版」になってしまうのだろうし、これで歌が詠める気になってはいけないなと思う。
だからとにかく古典から近現代の歌、歌に留まらずあらゆる文学作品・芸術作品に触れること、詠みたい出来事を日常生活において見逃さないことが絶対に必要である。
私が、歌集は詠んでも短歌入門の本を読まなかった(とはいえ、土屋文明の『短歌入門』は読んだ)のは、近道をして学び、詠んだ短歌が自分の心であるとはいえないという考えがあったからである。
詩歌そのものに触れ、自分の中で消化し、自分の骨肉となる。
自分の短歌はその骨や肉の一部であらまし、と思っている。
それはそれとしても、この『短歌のレシピ』という本がとても良い本であることには変わりないし、この本は、ときどき再び手に取って読みたいと感じた良い買い物だった。
仕事を始めてすぐ、車の中で5分読んでから出社することにしようと決めて読むという読み方をしたり、返却期限の近い図書館の本を読まなくてはならなかったりして、つい後回しにしてしまっていた。
『短歌のレシピ』では俵万智さんが、一般の人から投稿された短歌を一つひとつ取り上げて添削している。
その添削が的確なだけでなく、そのテクニックがどうして有効にはたらくのかがわかりやすく解説されている。
ただただ感心するし、俵万智さんの誠実さがあらわれている。
前述の記事で取り上げた自作の歌は「は」を「が」に変えるというアドバイスをいただいたが、そのこともこの本で紹介されているテクニックである。
それから連作についての解説もあった。
ただ、この本の通りに自分の歌を推敲してゆくだけでもっと良い歌が詠めるかというと(ある程度は上手くいくけれど)必ずしもそうとはいえなくて、最終的には「俵万智さん的な歌」、もっと露骨な言い方をすれば「俵万智さんの歌の劣化版」になってしまうのだろうし、これで歌が詠める気になってはいけないなと思う。
だからとにかく古典から近現代の歌、歌に留まらずあらゆる文学作品・芸術作品に触れること、詠みたい出来事を日常生活において見逃さないことが絶対に必要である。
私が、歌集は詠んでも短歌入門の本を読まなかった(とはいえ、土屋文明の『短歌入門』は読んだ)のは、近道をして学び、詠んだ短歌が自分の心であるとはいえないという考えがあったからである。
詩歌そのものに触れ、自分の中で消化し、自分の骨肉となる。
自分の短歌はその骨や肉の一部であらまし、と思っている。
それはそれとしても、この『短歌のレシピ』という本がとても良い本であることには変わりないし、この本は、ときどき再び手に取って読みたいと感じた良い買い物だった。
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読書
6/20/2013
他人の感想 自分の感想
ある物事に対する他人の評価を鵜呑みにして自分のものであるかのように思い込んではいけないということ。
かなり前の久保木先生のツイートより。
たとえば、新聞で見て興味を持った本のブックレビューをネットで見たら非常に評価が低かったとき、そこでやっぱり読むのをやめようと思うことはよくあると思うけれど、それって人の評価のみによって自分の興味の対象を自分から引き離してしまうことになる。
結局、読んでみたら本当は面白いかもしれないのに。
これって読んだ後にブックレビューを見て、それを自分の感想だと錯覚してしまうことにも当てはまると思う。
(そこまで久保木先生がおっしゃっていたかどうかは忘れてしまった。)
ぼんやり持っていた自分の感想が、結局、他人の感想をなんとなく混ぜ合わせたものになって、それが自分が抱いた感想だと思ってしまうことがあるけれど、それは自分というものをなくしてしまうのと同じように思う。
かなり前の久保木先生のツイートより。
たとえば、新聞で見て興味を持った本のブックレビューをネットで見たら非常に評価が低かったとき、そこでやっぱり読むのをやめようと思うことはよくあると思うけれど、それって人の評価のみによって自分の興味の対象を自分から引き離してしまうことになる。
結局、読んでみたら本当は面白いかもしれないのに。
これって読んだ後にブックレビューを見て、それを自分の感想だと錯覚してしまうことにも当てはまると思う。
(そこまで久保木先生がおっしゃっていたかどうかは忘れてしまった。)
ぼんやり持っていた自分の感想が、結局、他人の感想をなんとなく混ぜ合わせたものになって、それが自分が抱いた感想だと思ってしまうことがあるけれど、それは自分というものをなくしてしまうのと同じように思う。
3/07/2013
NHK短歌 2月3週目
NHK短歌2月3週目でとても良いなと思った部分。
新聞の短歌の投稿欄に載っている歌などでもそうだけれど、気になった歌は書いておかないとすぐに忘れてしまってあとか探そうとしてもまず探せない。
この完璧に救われる感じ、光に満ちあふれている感じが素晴らしいと思う。
栗木さんの歌だって十分希望の歌で、希望度100(と不安が少し)なのに、坂井さんの歌は歳月をふまえてのそれ以上の希望と、さらに肯定の歌だ。
あと、栗木さんも坂井さんも古典に学ぶことを推奨されていたのは私としてはとても良かった。
擬音語などかえって斬新なものもあるということ。
入力と出力とでは出力の方が自分の中だけでできる分、楽しようと思えばいくらでも楽できるし簡単で、だからこそ、古典とか先人に学ぶことって必要だし、自分の中だけに留まらない、でも自分だからできる表現をするために他者を考えることもまた必要だと思う。
新聞の短歌の投稿欄に載っている歌などでもそうだけれど、気になった歌は書いておかないとすぐに忘れてしまってあとか探そうとしてもまず探せない。
春浅き
大堰の水に
漕ぎ出だし
三人称にて
未来を語る
栗木京子という30年くらい前、栗木さんが学生だった頃の歌に対する返歌が、
大堰川
凍て雪とけて
たちのぼる
よきことばあり
かの日よりきみに
坂井修一だった。
この完璧に救われる感じ、光に満ちあふれている感じが素晴らしいと思う。
栗木さんの歌だって十分希望の歌で、希望度100(と不安が少し)なのに、坂井さんの歌は歳月をふまえてのそれ以上の希望と、さらに肯定の歌だ。
あと、栗木さんも坂井さんも古典に学ぶことを推奨されていたのは私としてはとても良かった。
擬音語などかえって斬新なものもあるということ。
入力と出力とでは出力の方が自分の中だけでできる分、楽しようと思えばいくらでも楽できるし簡単で、だからこそ、古典とか先人に学ぶことって必要だし、自分の中だけに留まらない、でも自分だからできる表現をするために他者を考えることもまた必要だと思う。
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詩歌・歌人・詩人・俳諧・俳人etc.
3/05/2013
2/25/2013
浦沢直樹『MONSTER』
浦沢直樹の『MONSTER』を読んだ。
全部で18巻あるうち、9巻までは通院している病院にあって読んでいたけれど、残りは借りてきて一気にまとめて読んでしまった。
好きな人ができたとか言うと結構な確率で「三次元?」って聞かれる私だけれど、二次元に恋したことなんて3回しかなくて、二次元の初恋はブラック・ジャックだったくらいだから強くて優しい医者が出てくる話というのはとても私の好みだった。
ちなみにほか2回は、はやみねかおるの怪盗クイーンとダイアナ・ウィン・ジョーンズのクレストマンシー。
テンマ先生以外にも、喧嘩が強い優しい人が出てくるのは良かったし、優しさを語りすぎないところなんかも良い。
ニナが「弁護士になります!」って言ったところでなぜか涙が出てきちゃった。
大風呂敷広げすぎとか聞くけれど、私は伏線が全部回収されなくても良いし、こういう話は好きだ。
全部で18巻あるうち、9巻までは通院している病院にあって読んでいたけれど、残りは借りてきて一気にまとめて読んでしまった。
好きな人ができたとか言うと結構な確率で「三次元?」って聞かれる私だけれど、二次元に恋したことなんて3回しかなくて、二次元の初恋はブラック・ジャックだったくらいだから強くて優しい医者が出てくる話というのはとても私の好みだった。
ちなみにほか2回は、はやみねかおるの怪盗クイーンとダイアナ・ウィン・ジョーンズのクレストマンシー。
テンマ先生以外にも、喧嘩が強い優しい人が出てくるのは良かったし、優しさを語りすぎないところなんかも良い。
ニナが「弁護士になります!」って言ったところでなぜか涙が出てきちゃった。
大風呂敷広げすぎとか聞くけれど、私は伏線が全部回収されなくても良いし、こういう話は好きだ。
2/19/2013
京都のかわいいおみやげ 長久堂の「鳰の浮巣」
京都駅でバラ売りされていた葛湯が超かわいい。
小さな紙の箱に入っているのもかわいいし、お湯を入れると鳥が浮かび上がってくるのもかわいい。
かわいいしおいしいし完璧。
パッケージを捨ててしまったからわからなくなってしまったが、調べた限りだと、たぶん長久堂の「鳰の浮巣」というものだと思う。
鳩(はと)だと思っていたけど、鳰(にお)っていう鳥のつがいらしい。
写真が綺麗に撮れなかったけどほんとはかわいい。
京都駅の「匠味」っていうお店で和菓子がバラで買える。
京都は何度も行っているのに、友人が教えてくれなかったら全然知らないままだった。
1つずつ買えるからついついたくさん買いたくなっちゃうんだけれど、それはそれとして、この葛湯は善哉と抹茶と普通の葛湯(これには鳰は入っていない)の3種類あって、それぞれ数個ずつ買って帰った。
最近会った人たちにあげたから、楽しんでもらえると良いなあと思う。
上品だし、手軽だし、もっと買えば良かった。
Place:
日本, 京都駅(京都)
2/18/2013
世田谷文学館 「帰ってきた寺山修司」展
世田谷文学館の「帰ってきた寺山修司」展に行ってきた。
昨年あたりから寺山に縁があったのでぜひ行きたいと思っていた。
「去年くらいまで寺山修司って何の人が知らなかった!」と誰かに言たようにも思うけれど、このブログの記事で「田園に死す」について2年くらい前に書いたから、少なくとも去年まで知らなかったってことはないことに気付いた。
何でそんな前の記事を覚えているかというと、このブログのアクセス数がダントツで多いのがその記事だから。
「田園に死す 迷彩」とかで検索してこのブログにたどり着くようだが、読むような価値のあることは書いていないので悪いなあと思う。
1年だろうと3年だろうと大して変わらないとしても、最近、寺山を知ったことには間違いなくて、高校生くらいのときに出会っていたらその言葉の鋭さにハマった、というか心酔しただろうと思った。
死後なおそうなんだから、当時の家出少年少女が教祖と仰いだというのも納得できる。
私の場合は家で少女あるいは出家(したくない)少女だったけど。
寺山の歌って、どうして強い言葉強い言葉強い言葉強い言葉なのに嫌みがないのだろう。
思いが強くて言葉が強い歌は冷めちゃうと思っているけれど、寺山の場合はそれがない。
大前提として、作歌の姿勢として「完璧に格好良い気取り」があるから、読者が変に斜に構えず歌に向き合えるのだろうか。
文学館では試験の答案(の裏面に書かれた詩)まで展示されていた。
それから高校生の頃の寺山の俳句が掲載された雑誌とか。
寺山の俳句が佳作だったときに一席だった人は、その後の寺山の活躍を知ってどう思っているんだろう。
寺山が出した手紙もたくさん展示されていて、すべてをじっくり見ようとしたら2時間以上はかかってしまったと思う。
それから宛名の人物がどんな人なのか知ってからまた見たらもっと面白いだろうなと思った。
今回は、手紙をあまりじっくり見られなかったので、できればまた行きたい。
館内で放送されている映像の中で九條今日子さんの「大量の蔵書がしまえるアパートを借りた」というのを借りて、誰かが、「寺山は書を捨てよと言ったが、寺山の文学(?)は多くの読書経験に裏打ちされている」みたいなことを書いていたのを思い出した。
というか九條映子さんと九條今日子さんって同一人物だったんだ。
子ども向けの解説もあったところや、空いていてじっくり見られたところもとても良い。
最寄り駅の芦花公園駅には京王線の各駅停車に乗らないといけないのだが、そこまで本数が多くないので注意。
世田谷文学館 HP http://www.setabun.or.jp/
昨年あたりから寺山に縁があったのでぜひ行きたいと思っていた。
「去年くらいまで寺山修司って何の人が知らなかった!」と誰かに言たようにも思うけれど、このブログの記事で「田園に死す」について2年くらい前に書いたから、少なくとも去年まで知らなかったってことはないことに気付いた。
何でそんな前の記事を覚えているかというと、このブログのアクセス数がダントツで多いのがその記事だから。
「田園に死す 迷彩」とかで検索してこのブログにたどり着くようだが、読むような価値のあることは書いていないので悪いなあと思う。
1年だろうと3年だろうと大して変わらないとしても、最近、寺山を知ったことには間違いなくて、高校生くらいのときに出会っていたらその言葉の鋭さにハマった、というか心酔しただろうと思った。
死後なおそうなんだから、当時の家出少年少女が教祖と仰いだというのも納得できる。
私の場合は家で少女あるいは出家(したくない)少女だったけど。
寺山の歌って、どうして強い言葉強い言葉強い言葉強い言葉なのに嫌みがないのだろう。
思いが強くて言葉が強い歌は冷めちゃうと思っているけれど、寺山の場合はそれがない。
大前提として、作歌の姿勢として「完璧に格好良い気取り」があるから、読者が変に斜に構えず歌に向き合えるのだろうか。
文学館では試験の答案(の裏面に書かれた詩)まで展示されていた。
それから高校生の頃の寺山の俳句が掲載された雑誌とか。
寺山の俳句が佳作だったときに一席だった人は、その後の寺山の活躍を知ってどう思っているんだろう。
寺山が出した手紙もたくさん展示されていて、すべてをじっくり見ようとしたら2時間以上はかかってしまったと思う。
それから宛名の人物がどんな人なのか知ってからまた見たらもっと面白いだろうなと思った。
今回は、手紙をあまりじっくり見られなかったので、できればまた行きたい。
館内で放送されている映像の中で九條今日子さんの「大量の蔵書がしまえるアパートを借りた」というのを借りて、誰かが、「寺山は書を捨てよと言ったが、寺山の文学(?)は多くの読書経験に裏打ちされている」みたいなことを書いていたのを思い出した。
というか九條映子さんと九條今日子さんって同一人物だったんだ。
子ども向けの解説もあったところや、空いていてじっくり見られたところもとても良い。
最寄り駅の芦花公園駅には京王線の各駅停車に乗らないといけないのだが、そこまで本数が多くないので注意。
世田谷文学館 HP http://www.setabun.or.jp/
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感想,
国文学
Place:
世田谷文学館
7/17/2012
映画「ヘルタースケルター」 感想
公開早々、「ヘルタースケルター」を見てきた。
映画ファンにとっては「早々」でもないかもしれないけれど、先週の土曜日公開で水曜の今日、というのは私としては異例の早さ。
以下、ネタバレあります。
映画も俳優も、演技も何に関してもド素人の考え。
映画ファンにとっては「早々」でもないかもしれないけれど、先週の土曜日公開で水曜の今日、というのは私としては異例の早さ。
以下、ネタバレあります。
映画も俳優も、演技も何に関してもド素人の考え。
5/11/2012
月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして
昨日、遅くまで起きてて、すごいおしゃれアニメを見た。
「Lupin the Third 峰不二子という女」だった。
ストーリーがどうこうというより、映像と構成とセリフのスタイリッシュさと、嗜好を追求した感じ。
いつもアニメは見ない(そもそもテレビをあまり見ない)けれど、たまに深夜のアニメを見ると、映像の綺麗さとか(私にとっての)斬新さにびっくりする。
「Lupin the Third 峰不二子という女」だった。
ストーリーがどうこうというより、映像と構成とセリフのスタイリッシュさと、嗜好を追求した感じ。
いつもアニメは見ない(そもそもテレビをあまり見ない)けれど、たまに深夜のアニメを見ると、映像の綺麗さとか(私にとっての)斬新さにびっくりする。
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つれづれ,
感想
5/02/2012
映画 「テルマエ・ロマエ」
「テルマエ・ロマエ」の映画を見る。
声に出して笑える映画だった。
泣きはしなかったけれど。
私は原作を読んでないから比較はしないけれど、伏線を回収していくところは上手くできていて面白かった。
上戸彩は何着ても可愛い。し、美人。
私がつい注目してしまうのは、背景。
例えば、マミ(上戸彩)の部屋に、キン肉マンが見えたからゆでたまごがクレジットに入ってたんだなとか、友人に似ているゆるキャラみたいのがいたけど、ロケ地か何かだろうか、とか。
背景だと、フォーカスされている人物以外がどうやって動いているかが気になる。
あらすじを書かないで感想を書くのって、難しい。
声に出して笑える映画だった。
泣きはしなかったけれど。
私は原作を読んでないから比較はしないけれど、伏線を回収していくところは上手くできていて面白かった。
上戸彩は何着ても可愛い。し、美人。
私がつい注目してしまうのは、背景。
例えば、マミ(上戸彩)の部屋に、キン肉マンが見えたからゆでたまごがクレジットに入ってたんだなとか、友人に似ているゆるキャラみたいのがいたけど、ロケ地か何かだろうか、とか。
背景だと、フォーカスされている人物以外がどうやって動いているかが気になる。
あらすじを書かないで感想を書くのって、難しい。
4/27/2012
見納め小雨
友達のモダンダンスの公演を見に行って来た。
高校の頃から何度か声を掛けてもらって見に行ったことがあって、でも彼女は大学を卒業して普通の会社に就職するから、ダンスを辞めてしまうそう。
これで見納めっていうのは寂しいけれど、形のないもので人の心を動かすことは生半可なことではできないことで、それをすることができたという実感はずっと心に残るものだと思うから、きっと彼女のそういうところに触れることは、これらからもできるんだろう。
高校の頃から何度か声を掛けてもらって見に行ったことがあって、でも彼女は大学を卒業して普通の会社に就職するから、ダンスを辞めてしまうそう。
これで見納めっていうのは寂しいけれど、形のないもので人の心を動かすことは生半可なことではできないことで、それをすることができたという実感はずっと心に残るものだと思うから、きっと彼女のそういうところに触れることは、これらからもできるんだろう。
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感想
3/25/2012
横浜美術館 「松井冬子展 世界中の子と友達になれる」
横浜美術館の「松井冬子展 世界中の子と友達になれる」を見てきた。
会期終了ぎりぎりだったので、とても混雑しているのではないかと思ったけれど、雨だったせいもあってか人出もそれほどでもなかった。
ドガ展なんかと違って、時間さえあればもっとひとつひとつの絵をじっくり見られたと思う。
展覧会公式HP
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2011/matsuifuyuko/
会期終了ぎりぎりだったので、とても混雑しているのではないかと思ったけれど、雨だったせいもあってか人出もそれほどでもなかった。
ドガ展なんかと違って、時間さえあればもっとひとつひとつの絵をじっくり見られたと思う。
展覧会公式HP
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2011/matsuifuyuko/
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音楽,
感想
Place:
日本, 神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目4−1
3/06/2012
『就職四季報』の見方
この本は便利だった。
『就職四季報』、買ったは良いけど、読み方がわからなかったから。
『『就職四季報』パーフェクト活用術 ―成功するための7つのステップ』
東洋経済新報社
発売日:2010-11-12
『就職四季報』の見方が、実践的な例をもとによくわかる。
重要なデータであることはわかっても、どう読み取ればよいのかわかりづらい同書の、目の付けどころが非常に理解しやすいように解説されている。
就職活動支援サイトに踊らされない就職活動をしたい方は必読。
1時間あれば読める。
2013年卒向けの最新版とは少し違っている点もあるが、その辺は適宜読みかえて。
『就職四季報』、買ったは良いけど、読み方がわからなかったから。
『『就職四季報』パーフェクト活用術 ―成功するための7つのステップ』
東洋経済新報社
発売日:2010-11-12
『就職四季報』の見方が、実践的な例をもとによくわかる。
重要なデータであることはわかっても、どう読み取ればよいのかわかりづらい同書の、目の付けどころが非常に理解しやすいように解説されている。
就職活動支援サイトに踊らされない就職活動をしたい方は必読。
1時間あれば読める。
2013年卒向けの最新版とは少し違っている点もあるが、その辺は適宜読みかえて。
2/25/2012
「今日と明日の間で」 "Between Today And Tomorrow"
ダンサーの首藤康之さんを追ったドキュメンタリー映画。
首藤さんの、一挙一動が大変美しい。
格好良いのひとことに尽きます。
知人が出ている舞台で首藤さんが主演だったことがきっかけで注目していたら、椎名林檎のお気に入りの人だということでびっくりした。
椎名林檎作曲、演奏は斎藤ネコのネコかる&椎名林檎のピアノの曲「Between Today And Tomorrow」に合わせた新作ダンスも見ることができる。
これをが目当てといえばそうだし、そうでないといえばそうでないけれど、椎名林檎の(曲の)存在感がなくなるくらい、首藤さんのダンスは自然体だった。
ほんとは自然に踊っているなんてことはないとは思うけれど。
首藤さんがダンスの世界に生きているというより、ダンスの世界そのものは首藤さんによって作り出しているんじゃないかと思わせる。
恵比寿の写真美術館にて。
3月上旬に渋谷でも見られるそう。
『今日と明日の間で』
http://kyo-asu.com/
首藤さんの、一挙一動が大変美しい。
格好良いのひとことに尽きます。
知人が出ている舞台で首藤さんが主演だったことがきっかけで注目していたら、椎名林檎のお気に入りの人だということでびっくりした。
椎名林檎作曲、演奏は斎藤ネコのネコかる&椎名林檎のピアノの曲「Between Today And Tomorrow」に合わせた新作ダンスも見ることができる。
これをが目当てといえばそうだし、そうでないといえばそうでないけれど、椎名林檎の(曲の)存在感がなくなるくらい、首藤さんのダンスは自然体だった。
ほんとは自然に踊っているなんてことはないとは思うけれど。
首藤さんがダンスの世界に生きているというより、ダンスの世界そのものは首藤さんによって作り出しているんじゃないかと思わせる。
恵比寿の写真美術館にて。
3月上旬に渋谷でも見られるそう。
『今日と明日の間で』
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1/20/2012
映画「ブリューゲルの動く絵」
「ブリューゲルの動く絵」を渋谷ユーロスペースというところで見てきた。
絵画を映画に、ということだったのでどんなストーリーなのか想像できなかったけれど、見てしまってからも結局、どんなストーリーだったのかはつかめない。
でもそれは退屈ではなくて、当たり前と言えば当たり前かもしれないけれど、美術館でじっくり一枚の絵を見ているような、映画を見に行ったというよりは美術館へ行ったと思うような映画だった。
絵画の中へ入り込む、というよりは美術館で絵をじっくり見る感じ。
衣装や子どもの遊び、パンの食べ方一つにしても、きっと、当時の様子を再現するようにしているんだろうなと思った。
とくにドレスや帽子の細かな様子がとても好み。
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感想
1/05/2012
東京国立近代美術館 「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」
「ぬぐ絵画」展へ行ってきた。
1月3日は会期終了が近いにも関わらず思ったより空いていたのでじっくり見られた。
熊谷守一の「アトリエ」が気になった。
画家と白い女の絵で、私が好きな甲斐庄楠音や上村松園や、西洋ならルノワールやスーラや、そういう人の絵とは全然違うのだけれど。
原撫松「裸婦」も綺麗な背中がやっぱり良かった。
日本の近代美術においてヌードがどう扱われていたか作品を展示しながら解説している形態で、これこそ、美術を通してみる社会だなあと思った。
泉鏡花の『高野聖』の挿絵のヌードの事件の話題なんかも出てた。
所蔵品ガイドにも参加して、常設展の原田直次郎「騎龍観音」や土田麦僊「湯女」などの解説を聞いた。
参加者に質問しつつ、参加者を巻き込んでガイドを進行しているのが上手だった。
こういうのに参加する人は、なまじっか美術の知識があったりして、解説する方も大変だろう。
「騎龍観音」は森鷗外と原田との交流を大学の授業で聞いたときに出てきたので、絶対見たいと思っていた。
思ったより、龍が細くて蛇っぽくて、観音も聞いていたほど官能的ってほどでもなかった。
東京国立近代美術館「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」 特設サイト
1月3日は会期終了が近いにも関わらず思ったより空いていたのでじっくり見られた。
熊谷守一の「アトリエ」が気になった。
画家と白い女の絵で、私が好きな甲斐庄楠音や上村松園や、西洋ならルノワールやスーラや、そういう人の絵とは全然違うのだけれど。
原撫松「裸婦」も綺麗な背中がやっぱり良かった。
日本の近代美術においてヌードがどう扱われていたか作品を展示しながら解説している形態で、これこそ、美術を通してみる社会だなあと思った。
泉鏡花の『高野聖』の挿絵のヌードの事件の話題なんかも出てた。
所蔵品ガイドにも参加して、常設展の原田直次郎「騎龍観音」や土田麦僊「湯女」などの解説を聞いた。
参加者に質問しつつ、参加者を巻き込んでガイドを進行しているのが上手だった。
こういうのに参加する人は、なまじっか美術の知識があったりして、解説する方も大変だろう。
「騎龍観音」は森鷗外と原田との交流を大学の授業で聞いたときに出てきたので、絶対見たいと思っていた。
思ったより、龍が細くて蛇っぽくて、観音も聞いていたほど官能的ってほどでもなかった。
東京国立近代美術館「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」 特設サイト
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